| 審査員コメント |
野村次郎さんは、写す行為を通して、自己と外界とのスタンスを計りつつ、アイデンティティを捜し求めているのかもしれない。受賞作にくり返し露(あらわ)れる窓ごしの光景と曲る道の風景は、そんな作者の極めてセンシティブな心象の反映のような気がする。じわりと怕(こわ)く、さりげなく優しい、写真でしか表わせない時・空が写し止められている。
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| 森山大道(写真家) |
| 暗闇に一筋の光、そんなかすかな光を追い求めた切実な写真。今にもこぼれ落ちそうな「生」への希求、僕はすきだ。 |
| 上田義彦(写真家) |
彼には、たいして行きたいところがあるわけではない。
せいぜい、近所の野山に出かけては写真を撮り、何かを確かめては帰ってくる。時には、崩れかかる山肌に恐れ、逃げるようにして帰ってくる。帰ったその家にはいつも家族がいて、彼はひとり安堵する。
些細な事で家に引き蘢ってしまった青年が出合ったのは写真だった。写真だけが彼を勇気づけているに違いない。
このモノクロームの淡いディテールには、彼が負った傷と悲しみと愛がある。 |
| 瀬戸正人(写真家) |
淡々と過ぎてゆく日々の記録に見えて、いろいろな場所に亀裂が生じ、足元が崩れ落ちていくような怖さを感じる。不安を噛み殺し、ぎりぎりの緊張感を保ちつつ撮り続けられた写真群ではないだろうか。見慣れていたはずの風景も人間も、ふっと気がつくと何か異様な手触りを備えた「遠い」存在に変質してしまっている。そこはもはやこの世ならざる向こう側の世界だ。
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| 飯沢耕太郎(写真評論家) |
| 日々のなにげない出来事、いつも平安の隣りにいる自分、自分を見つめる。かけがえのない女性(ひと)との出会い、闇から光がさす、新しい写真表現の地平を開く心がふるえる。 |
| 百々俊二(写真家) |